記事

simulation methods
特許部門

AI発明とシミュレーション発明の特許ガイドライン フランス特許庁(INPI)と欧州特許庁(EPO)の近況 - 2020年2月

2019年10月、フランス知的財産庁(以下INPI)は、特許に関する新たなガイドラインを発表した。これには、モデリング、シミュレーション、設計の方法(C-VII-1.3 .1)および人工知能(C-VII-1.3 .2)の特許性に特化した新しい部分を含む。
欧州特許庁(以下EPO)は、2018年11月に、同一の主題(G-II-3.3 .2及びG-II-3.3 .1)に関する独自の審査ガイドラインを修正した。
両庁は、これらは数学的方法に該当し、それを利用する発明は、その技術的及び抽象的性質を比較検討しなければならないと考えている。

フランス知的財産法(L .611-10-2-c)と欧州特許条約(52条2c)はともに、「精神的な行為,遊戯又は事業を行うための計画,法則及び方法,並びにコンピューター・プログラム」 は特許発明ではないと述べている。

欧州特許庁は、クレームが純粋に抽象的な数学的方法に関するものであって、如何なる技術的手段も含まない場合は、特許法の対象として拒絶されるとする。この拒絶が、出願人がクレームを巧妙に定式化することによって克服することが比較的容易である場合、欧州特許庁は、特許性に関する別の条件、すなわち進歩性(欧州特許条約第56条)を評価することによって審査を継続する。ここで、審査官は、数学的方法が発明の技術的性質に寄与するか否か、すなわち、技術的目的を満たす技術的効果をもたらすか否かを審査する。

技術的特徴は、例えば、数学的方法で作られた応用から生じることができる。
-    放射線装置または鋼鉄冷却プロセスの制御
-    デジタルオーディオ信号、画像、ビデオを改善または分析する
-    電子通信を暗号化、復号化、または署名する

また、コンピュータの内部機能に関する技術的な考慮に基づいて設計された技術的な実装である場合には、それが数学的な方法の実装から発生する可能性があり、特許性を認める場合もあるとした。

これまでのところ、フランス知的財産法の条文は、進歩性の欠如を理由として特許出願を拒絶する権限をINPIに与えていない(L .611 - 14)。このことは、INPIが条文解釈で異なる立場を取る理由を説明している。特許出願においてクレームされている数学的方法の技術的実施が、一般的な技術的実施を超えるか否かにより決定するものとする。使用される技術的手段が一般的(パソコン、コンピュータネットワーク、FPGA回路等)である場合、INPIは特許出願を拒絶する。進歩性の欠如を理由とする拒絶をINPIが発行することを可能にするPACTE法(改正フランス知財法を含む)の発効後、INPIガイドラインは、EPOのガイドラインと一致させるように適合させることができる。

モデリング、シミュレーション、設計方法

INPIは、EPOと同様に、その特徴の少なくとも一部が精神的な行為を行うための数学的方法又は方法の範疇に入る方法とみなしているので、上記のように考える。

しかし、新たなINPI及びEPO指令は、この種の方法の技術的性質の評価方法をより明確にしている。

モデリング方法については、クレームが抽象的なモデル又はそのようなモデルを得ることを可能にする方法、例えば一連の方程式に関連する場合は、モデル化された製品又はシステム自体が技術的であっても、そのモデル又は方法が技術的効果をもたらすとはみなさない。

コンピュータ支援設計法(CAD)は、次の3つの条件が満たされる場合に、技術的な目的を持つと見なされる:
-    技術的なパラメータを決定することができる
-    技術的パラメータは、技術的対象の機能に本質的に関連している
-    決定は技術的な考慮に基づいている

もしコンピュータ支援設計法(CAD)が圧倒的な人間の介入によって、あるいは技術的でない考察に基づいて条件づけられるなら、技術的な効果はないと考えられる。

本ガイドラインでは、技術的であるか否かについて、設計手法の例をいくつか示している。

特許性がありうるとする例
EPO
・特定の公式を使用して屈折率や倍率などのパラメータを決定し、光学性能を最適化する光学システムのコンピュータ支援設計

・反復計算機シミュレーションにより、原子炉の運転パラメータが応力下での被覆管の破裂の危険なしに受けることができる限界値を決定する方法

INPI
・振り子減衰装置の支持体を車両パワートレインの部品に固定する際の剛性を求める方法

特許性が認められない例
INPI
・異なるコストパラメータと乗客需要に関する鉄道輸送線のための最適輸送計画設計プロセス

最後に、INPIとEPOのガイドラインは、コンピュータ支援によるシミュレーション法の技術的性質に関する情報を提供している。

かかる方法について、次の場合には技術的と見なされる:
-    特定の技術分野に限定され
-    技術データを処理し
-    技術対象物をシミュレートする場合

この点に関して、ガイドラインは、欧州特許庁審判部の決定(2005年12月27日)の対象となった例である「1/f ノイズを受ける電子回路の動作のデジタルシミュレーション」の例を引用している。

しかしながら、技術的と考えられるシミュレーション方法のための、上記の技術に関する3つの条件は、限定的である。

これとは対照的に、ガイドラインでは、マーケティングキャンペーンや商品輸送の管理計画のような非技術的なプロセスをシミュレートする方法には、技術的な性質が全くないとも述べている。

これら2つの事例は、現在開発されている一連のシミュレーション方法を分類するのに十分ではなく、むしろ、多数のシミュレーション方法の技術的性質の理解に疑問を残す。例えば、大量のデータ処理を容易にする数学的原理と、人工知能に基づくシミュレーション方法は、非技術的物体と同様に技術的物体のシミュレーションに適用できる。このタイプの方法について、特定の技術分野への限定することは、一般に、出願人にとって適切ではないと考えられる。

この種の場合、当該方法が技術的なシステム又はプロセスをシミュレートすることを目的としていることをクレームに明記すべく、特定の特許弁理士による起草において慣行が発展してきた。

今後の判例により、上記の2つの極端なケースのいずれにも該当しないシミュレーション方法の技術的性質を決定するための基準が、早い段階で明確になることが望まれる。

AI発明

Artificial Intelligence (AI)は把握するのが難しい概念である。フランスのLarousse Encyclopedia(ラルース大百科事典)は、「人間の知性をシミュレートできる機械を生産するのに実行される一連の理論と技術」と述べる。
INPIはAIの定義として、「知能の形態を機械が再現できるようにするするコンピュータ・プログラム、計算モデル、アルゴリズムを生成するために使用される一連の理論と手法のセット」 との言葉を採用した。
欧州特許庁EPOは、2018年11月からのガイドラインにおいて、「AI及び機械学習は、クラス分類、クラスタリング、回帰、次元削減のためのコンピュータモデルまたはアルゴリズムに基づくもの」 という定義を試みている。

INPI及びEPOのガイドラインは、特許発明の請求項で「サポートベクトルマシン(SVM)」、「推論エンジン」、「ニューラルネットワーク」、「遺伝的アルゴリズム」又は「ディープラーニング」のような表現を使用することだけでは、技術的特徴を付与するのに十分でないことと明記した。
 INPIもEPOも技術的性質の評価方法を示し、そしてAIを応用した特許の事例のいくつかをリストアップしている。

特許性がありうるとする例
EPO 
・不規則な心拍を検出するための心臓モニタリング装置におけるニューラルネットワークの使用
・デジタル画像、ビデオ、音声信号の分類であって、低レベルの特性(例えば、画像の輪郭または画素属性)に基づく分類

INPI 
・不規則な心拍を検出するための心臓モニタリング装置におけるニューラルネットワークの使用

・画像/ビデオの処理、認識/分類のようなコンピュータ・ビジョン(人工視覚)。例:センサー、分析物を用いて得られたデータから自動運転車両の周辺環境を認識すること、一連の画像における腫瘍のような事象の認識、又はビデオ動画内の動作を検出するデジタル画像解析、等

・音声認識や人間と機械の対話

・ロボット工学および監視・制御方法 例:掘削機器のリアルタイム制御であって、ニューラルネットワークのトレーニングにより掘削環境の物理的特性の測定に基づく制御

・IPネットワーク上のトラフィック管理を改善するための、機械学習を使用したIPネットワークノードでのトラフィック分類

特許性が認められないとされる例
EPO
・原文の内容のみに基づく原文文書の分類

INPI 
・予測分析: AIを用いた株価予測プロセス

・文書分析: 文書内容から商用キーワードを抽出し、AIを利用した識別・索引付けを可能にするツールの利用

AIの新たな応用というより、むしろAI技術のツールそのものを改良する発明がある。これらのツールは数学的手法やプログラム自身に基づいていることが多く、特許保護を禁止すべきか否かが問題となる。しかしこの問題は、INPIガイドラインではまだ取り上げられていない。
EPOからは、 「分類方法が技術的目的を満たしている場合、訓練データの生成及び分類器の訓練からなるステップも、発明の技術的性質に寄与することができる。これらの段階がこの技術的目的の達成に寄与する限り」との見解があり、すなわち、技術的な目的を持って、AIに含まれる特定のステージまたは手段を特許化することは可能としている。

EPO及びINPIによって最近発行されたガイドライン等は、未だ確固とした判例法に基づいていないことに留意すべきである。
EPOガイドラインに記載されている事例も、古い特許出願に関するものであり、その主題は、我々が現在取扱うことを求められているAIを用いた多くの発明に近いとはいえず、 従って、AIのテーマは、発展途上の問題といいうる。より実務や技術の発展に適応し、決定がより明確になることが期待される。
INPIやEPOが最近提示したガイドラインは、この発展の第一歩を踏み出したといえる。

シェアする: